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ゴーギャンの墓とメルビルのタイピー

一般にゴーギャンが亡くなったのはタヒチであると思われているが、実はタヒチから北東へ1500キロはなれたマルケサス諸島のヒバオアという島で1903年に亡くなっている。

 

享年55歳だった。

 

タヒチで10年暮らした後、最後の2年間をヒバオアで過ごし死を迎える。

彼の墓はヒバオアのアツオナに行くと観ることが出来る。

 

マルケサスへは俗化したタヒチに見切りをつけて、ほんとうの楽園を求めて移ったのだが

当時のマルケサスはヨーロッパやアメリカから頻繁にやって来ていた捕鯨船の持ち込んだ伝染病によって、僅か4000人ほどに人口が減ってしまった汚染された島だったのだ。

 

ゴーギャン自身も別の病で苦しみながらの創作活動だったらしい。

子供も何人か作っている。

考古学者の篠遠喜彦氏によると山奥でゴーギャンの娘だった老婆と会った事があるという。

また息子のエミールはタヒチのパペーテで物乞いをしていたと言う話だ。

島民を絶滅の危機に追い込んだ捕鯨船の中の一隻にあの「白鯨」を書いたハーマン・メルビルが船員として乗り込んでいたという話はあまり知られていない。

 

彼は船がヌクヒバに立ち寄った時に仲間と捕鯨船から脱走するのだ。

 

そしてジャングルを何日か彷徨っている最中にタイピー族という原住民に捕まってしまう。

それも人肉を食べると言われていた人達だ。

 

そのタイピー族の住むタイピバイという村での数ヶ月はメルビルにとって実に不思議な経験だったらしい。

なんとか村から逃出してアメリカに帰ったメルビルは処女作「タイピー」を出版する。

これがベストセラーとなって作家の道を歩み始めるのだ。

 

2作目はあの「白鯨」だった。